いいバイオリンとは?

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楽器店の見方

姫野:今日は楽器店の結月さんとしてお話を伺おうと思います。

結月:何です? 楽器店のっていうのは!?

姫野:いえ、結月さんは着付けやコンサートなどいろいろやっているので、楽器店という一面としてという意味で。

結月:ああ、そういうことですね。確かにいろいろやってますからね。よく本業は何ですかって訊かれますよ。

姫野:どう答えるんですか?

結月:全部本業ですって答えます。だって、どれかを疎かにしているわけでないですしね。坂口安吾の「あちらこちら、命がけ」ですよ。

姫野:ええ、では、とにかく今日は楽器についてですが、素人として質問するのですが、いい楽器ってどんな楽器なんですか? 正直、バイオリンを見ても、全部同じに見えてしまうので…

結月:それはひとつの側面では答えられないものですね。つまり、一口で言えないテーマです。

姫野:と言いますと?

結月:まず楽器店が考えるいい楽器と演奏者が考えるいい楽器は異なります。

姫野:はい。

結月:さらに楽器店によって考え方はまた違うので、すべての楽器店に共通とは言えず微妙なところがありますが、一般論で言えば、きっちりとした楽器店の楽器の見方は客観性です。どういう材料を使っているか、その楽器を作った職人の技術はどうか、ニスはどのようなものをどう使っているか、そうした客観的な視点から楽器を見て、よくできた楽器なのか、いまいちの出来なのか、楽器としてアウトなのかを判断します。

姫野:弾いてみていい音がするってことじゃないんですか?

結月:音はもちろん重要です。でも、音より先に楽器の作りそのものから入ります。そして最終的に音のチェックですね。

姫野:弾いてみて選ぶのだと思っていました。

結月:それは後でお話しますが、お客さんの視点ですね。楽器商はまず作りから入ります。ですから、楽器店でもバイオリンを弾けないひとが売っているケースは珍しくないですし、それどころかリペア職人、楽器製作者も弾けないひとも多いんですよ。

姫野:ええ! ホントですか!

img_1656結月:はい。ストラディバリもバイオリンは弾けなかったと伝えられていますしね。楽器をどう作れば、つまり板をどのように削ればこういう音になるとか、そういったセオリーを持っていれば楽器自体は作れるんですよ。上手い職人というのは、そのあたりの感性が優れていて、それだけでなく実際の技術がいいということです。逆に下手な職人は感性と技術が低いということになるでしょうね。

姫野:楽器を弾けなくても作れるっていうのが驚きです。

結月:で、バイオリンと言っても、大量生産されるような工場製品もあれば、個人工房でひとりで仕上げているものもあります。その中間くらいの規模でやっている工房もありますすね。まずその楽器がどういうプロセスで作られたものかで分けなければなりません。

姫野:ややこしくなってきました!

結月:個人製作だと、当然値段は高くなりますね。イタリアのものなどそういうものが多いです。製作できる本数も少ないですし。そうしたものが「いい楽器」なのか?というのも難しいところがあって、当然、個人の職人が持つ技量もセンスもレベルが異なりますから。イタリアのクレモナだって下手くそな製作者はいるし、コンクール受賞歴がある有名作家でも出来不出来にムラがありますしね。

姫野:人間が作るから、工業製品のようにはいかないということですか?

結月:そういうことです。しかも材料は木ですからね。すべてが同一の木目の材料など存在しないので、同じ職人が同じようにバイオリンを作っても、材料の視点では同一ではありません。だから音の出方もすべて異なります。電子ピアノであれば同一に作れるでしょうが、バイオリンはそうはいかないんです。

姫野:なるほど。

結月:だからこそ、楽器商はまず楽器の作りから入るわけです。手抜きして作ったなとか、板を薄くし過ぎているなとか、そういうチェックをするんです。もちろん、楽器商にもレベルの違い、審美眼の差はあるので一様ではないのですが。

姫野:ちょっとわかってきました。

結月:同じようなことを工場製品でも中規模の工房で作られた楽器にもします。ただ、工場製品は価格のグレードを何種類も設定するので、それに合わせてコストを抑えるための作り方をします。なので、工場製品には多くのことは求められません。

姫野:そういうものがないと入門者はいきなり高い楽器は買えないですよね。

結月:はい。だから、まあ、この値段だったら、こういう作りになっても仕方がないなと考えるわけです。

姫野:では、工場で作られた量産品には「いい楽器」はない、ということでいいのでしょうか?

結月:極論すれば、そう言えるかもしれません。でも一方でそうでないとも言えます。つまり、「この値段にしては、いい楽器だよね」という判断もあるからです。

姫野:条件が付いてくるわけですね。

結月:さらに個人製作のイタリアの楽器というだけで必然的に値段は高くなります。でも、イタリアの製作者すべてが優秀なわけはないし、不出来なものがある。例えば、それが200万円の販売価格だとしても、ドイツのマイスター工房の楽器のほうが値段は半値だけれど、先ほど申し上げた客観的な見方では「いい楽器」、すなわちよくできた楽器であることもあります。

姫野:価格と品質は比例しないってことですか!?

結月:そういうことです。そこが家電製品とは異なるところです。

姫野:ちょっとわかったと思ったら、また「いい楽器」は何か?ってわからなくなってきました。

いい楽器は、グッと来る!?

結月:もっとわからなくなるようなことを言ってしまうと、楽器の作りという客観的な見方に加え、まだ重要なものがあるんですよ。

姫野:さらに重要なこと!?

結月:そうです。それはグッと来るかどうかです。

姫野:グッと来るかどうかですか!? 客観的な見方をすべきと思っていたところに、いきなり正反対なものが来ました!

結月:「いい楽器」というのは、グッと来るんです。胸にグッと来る。

姫野:楽器の作りを客観的に見れば、「いい楽器」は選べると思っていたところに、もうなんだかよくわかりません!

結月:感動ですよ。いい楽器は見ると感動するんです。楽器からオーラが出ているというか、強烈な個性というか、これはたまらないな!っていうものを感じさせるのがいい楽器です。

姫野:絵画みたいなものでしょうか?

結月:そうです。逆に客観的な見方では作りも丁寧で、きっちりと作られた楽器があります。でもそれが「いい楽器」とまでは言えないってことがあって、ちゃんと作ってるけどつまんない楽器だなと思うものって、実はたくさんあるんですよ。

姫野:それ、もしかしてクルマでいう日本の国産車とポルシェやフェラーリの違いみたいなものですか?

結月:それに近いでしょうね。故障もしなくて燃費がいいというスペック的にはよくできたクルマでも、飽きることなくずっと乗りたいと思える国産車って少ないと思うんです。でもポルシェとかフェラーリって、わたしは乗ったことはありませんが、見ていても「おもしろい!」っていうキャラを感じさせますよね。

姫野:実はポルシェは運転したことがあるんですが、運転してもおもしろいって思いました。

結月:楽器もそうなんです。いい楽器はいい個性を持っているんです。だから、演奏するのも楽しいです。一流のプロ奏者はほとんどイタリアのバイオリンを使っていますが、ストラディバリの時代から今に至るまで、やっぱりイタリアの楽器の、もっと正確に言えば、イタリアの優秀な製作者が作った楽器は製作技術もすばらしくて、個性的でキャラがおもしろいです。飽きが来ない奥深さがある。だから、一流のプロ奏者はそういう楽器で、自分の音楽を表現しようと思うし、自分の音楽を表現できる楽器は?となると、大体がイタリアの銘器に落ち着く場合が多いんですよ。でも、自動車を例にすれば、一流のレーサーがポルシェがすばらしいと言っても、そんなクルマは一般の主婦が運転して心地いいでしょうか? 近所に買い物に出かける主婦がポルシェの性能を引き出す運転をするでしょうか?

姫野:それは無理ですよね。

結月:楽器もそういうものです。初心者がいきなりイタリアの個性的なバイオリンを持っても、まずそれを生かす技量がないとその良さはわからないですよね。それどころか、イタリアの新作だとそのパワーをコントロールできなくて、弾きづらい楽器と認知されることもあります。

姫野:それはクルマの例でよくわかります。

結月:また値段の問題もありますよね。ここで最初にお話した「いい楽器」のもうひとつの視点、演奏者にとってのいい楽器とは?という話になります。

姫野:つまり、使うひとにとってという意味ですよね。

結月:そういうことです。楽器店としてたとえいい楽器だと思うものでも、使うひとは別の感性で捉えます。ここでやっと音の話になって、その音が好きか嫌いか、ということです。

姫野:感覚的なものですね。

結月:はい。楽器の音色に同一のものはありません。同じ量産メーカーの同じ品番の楽器を3本並べて弾いてみても、音はそれぞれ異なります。もちろん同じ生産ラインで作られているので、音の方向性は極端に変わりませんが。でも、やっぱり音が異なるわけだから、好き嫌いの問題、相性の問題が出てくるんですよ。

姫野:主観ですね。

結月:そうなんです。先に述べた楽器店の見方は好き嫌いを排除した客観的な分析ですよね。でも、演奏者、つまり使うひとは主観で演奏するわけだから、楽器選びは主観的になります。となると、使うひとにとっては自分が気持ちよく使え、自分が好きな音が出てくれる楽器こそが「いい楽器」となります。

姫野:しつこいようですが、クルマの例でよくわかりました!

演奏者の主観

結月:音楽とは個々の表現なので、正解はないんですよ。上手い下手はあっても正解はない。それが芸術です。バイオリンはそんな芸術的な音楽表現をするための道具なので、言ってしまえば、いい楽器という正解はないとも言えるでしょう。なぜなら、ストラディバリがあってもそれが自分との相性が合わなければ、自分の表現を実現する楽器としては失格なので、そのひとにとっては「いい楽器」ではありません。

姫野:いい楽器というものは、使うひとの主観によって変わるってことですね?

結月:そうです。ある巨匠バイオリニストの話で、彼が使っていたのはストラディバリですが、それがストラディバリの中でも出来はそれほどでもないもので、楽器商的にはC級のストラディバリですが、奏者本人はそれを気に入って使っていました。その録音を聴くと、確かにC級のストラディバリと揶揄されるだけあって、音色は籠っているし、ストラディバリにある音の明るさと美しさがないんですよ。ところが、その巨匠の音楽性にそのストラディバリが合っていて、芸術としてはすばらしい演奏になっている。客観的にはいい楽器とは言えなくても、その巨匠にとっては最高にいい楽器だったんだと思います。

sフォトサービス3姫野:確かに。音楽には正解がないのだから、ひとつの曲でも奏者によっていろんな演奏があっていいってことですね?

結月:はい。それが音楽のおもしろさです。もし音楽に正解があれば、クラシック音楽なんてこんなに何百年も続いていません。正解がないからこそ、いろんな演奏者がこんなふうに弾いたらどうだろう?と様々な試みをしながら、個性を出して自分の正解を探求し続けていられるわけです。

姫野:ううん! すごいレベル高いですね!

結月:ええ。でもそれが音楽の楽しみですよ。ところがこれからバイオリンを始めた初心者やアマチュアが音楽に芸術的正解を探求する試みができるかと言えば、それは演奏技術的にできないですよね。そこでまた楽器店としてのいい楽器の考え方が出てきます。

姫野:聞かせてください。

結月:まず初心者であれば、バイオリンを始めてちゃんと続くかどうかわからない不安もあるし、そんな状態でいきなり高い楽器は買えません。すると、楽器店として用意すべきは初心者の予算に見合ったもので、その予算として客観的に見て最大限にいいポテンシャルの楽器がいい楽器ということなんです。でも、それはまだ弓の持ち方もわからない入門者が判断はできません。だから、楽器店として4弦がちゃんとバランスよく鳴る楽器か、初心者と言えども演奏に差し支えない作りをしているか、という見方をしなければなりません。もちろん、楽器店にもいろいろですから、そこまで考えて商品を扱うかには差があるとは思いますが。

姫野:確かに初心者に選べと言われても、選びようがないです。

結月:だから、初心者は特に楽器店との相性が大事ですよ。楽器店によって本当に様々なので。どの価格帯を主力に置いているかによっても違いますしね。そういう意味でもバイオリンを通販で買うというのはお勧めできません。

姫野:では、ある程度演奏できるアマチュアはどうでしょう?

結月:その場合は、楽器店として客観的な見方によるちゃんとした楽器を後は演奏するひとが主観で選ぶことになります。ただアマチュアと言っても、レベルの差はいろいろですが。

姫野:まとめると予算に見合っていて、その価格として楽器としての作りが納得できて、最後に自分が好きだと思うものがいいということでしょうか。

結月:わたしはそう思います。バイオリンは上を見るとキリがありませんし、自分が気に入るかというのが大切なんです。これはアマもプロも同じですよ。

姫野:なるほど、よくわかりました。

結月:楽器のことはもっといろいろあるのですが、それはまた今度お話しましょう。楽器店にも実は主観があるという話もありますし。

姫野:ああ、どんどん奥深くなってきました。またよろしくお願い致します。

(インタビュー・文 姫野哲)

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