マロ・ジャポニズムとは!?
姫野:ライターの姫野です。どうぞよろしくお願い致します。今日は西陣織バイオリンケース“マロ・ジャポニズム”の開発のことなど、いろいろ伺いに来ました。
結月:こんなケースなんですよ。
姫野:すごい! こんなの、見たことないです!
結月:京都で作っている西陣織の袋帯が外装なんです。女性の着物の。そんな帯を丸まま一本使ったんですよ。
姫野:ひとつのケースに一本の帯ですか!?
結月:ええ。百貨店の呉服売り場だと30万前後はする本物の帯です。それを京都から直接仕入れたり、このケースのために織ったりしました。百貨店と違って、ダイレクトに京都からなので、ケースにしてなんとかプライスを抑えたんですよ。
姫野:ケースのために織ったものもあるんですか!?
結月:マロさんの使用モデルは織りました。一か月以上かかりましたよ。フラッグシップのマロモデルだけは帯2本から織ってもらえるようにしたんです。普通、帯を織るにはロットがあって、もっとたくさんでなくちゃ織れないんですが、特別に機屋にお願いして。
姫野:マロさんはNHK交響楽団コンサートマスターの篠崎史紀さんですよね。
結月:はい。実はキモノの帯をケースにするっていうアイデアは、マロさんのものなんですよ。
姫野:それで「マロ・ジャポニズム」!
結月:はい。マロさんは和物が大好きでいらっしゃるし、その日本趣味ということでジャポニズムと命名しました。
姫野:では、マロモデル以外は、ひとつの柄に対して、ケースはたったひとつということですか?
結月:基本的にそうですね。機屋が帯を作るときはある程度の数は作るのですが、それは全国に拡散するので、同じものを仕入れるのは無理ですから。機屋のほうで少しだけ在庫で残っていたというケースを除いては、マロ・ジャポニズムはオンリーワンです。
姫野:じゃあ、欲しいと思っても、それが売れたらもうないってことですね!?
結月:そうなんですよ。
すべてがメイド・イン・ジャパンのマロ・ジャポニズム!
姫野:ところでマロ・ジャポニズムはすべてがメイド・イン・ジャパンだとお伺いしましたが…
結月:そうなんです。外装の袋帯は京都で、そしてケース本体と加工は東京の老舗ケースメーカー「アルファケース製作所」にお願いしました。
姫野:京都の伝統工芸と東京のケース作りが一体になったということですね。
結月:ええ。袋帯はそのままだとケースに使えません。なので、表面に特殊コーティングを施して雨に濡れても大丈夫なようにし、あとは帯の糸がほつれないようにしています。そして、その帯をケースのサイズに切って、木製のケース本体に縫い付けます。かなり手間のかかる作業ですが、この技術はアルファケースだけのものですよ。
姫野:想像するだけで、ものすごい手間です!
結月:はい。それはもう大変ですよ。袋帯の中は柄を出すための糸がたくさんですから。これを接着できるようにすべて処理しなくてはいけない。なので、アルファケースの社長さんには感謝の気持ちが一杯だし、その職人気質はリスペクトしてます。あとは社長の人柄がとても好きです。
姫野:ひとつひとつ手作りとなると、量産はできないってことですね?
結月:そうなんです。数か月で何個作れるかなって感じでしょうか。なのでケースとしてのお値段は高いですが、価値はありますよ。
姫野:あと木製のケースっていうのが良さそうです。
結月:木でできたバイオリンケースって少なくなりましたからね。本当はバイオリンが木でできたものなので、ケースも木製のほうが保存にはいいです。また、今は発泡スチロールやプラスチック、グラスファイバー、あとはカーボンのケースばかりになりました。
姫野:木のバイオリンに木でできたケース。そして、西陣の帯。相性がいいですね。
結月:どちらも人間味を感じさせる素材ですからね。音楽は人間のためにあるのですから、バイオリンケースだって発泡スチロールやプラスチックでなく、人間のハートに問いかけてくれるものがいいと思うんですよ。
愛着を持てるケース!
姫野:人間味のあるもののほうが、大事にしようって思いますよね。
結月:そうです。今の日本人が忘れているものはそこですよ。つまり、愛着の問題ですよね。バイオリンケースって運搬目的ばかりで、ケースそのものに愛着が持てるものってすごく少ないと思うんですよ。確かに音楽は聴覚のものだけれど、せっかくバイオリンをやっているんだったら、視覚的にも楽しんでいいんじゃないかって思います。このケースを持ちたいからレッスンに出かけたり、オーケストラの練習に行ったりって、素敵じゃないですか。
姫野:確かに!
結月:だから、マロ・ジャポニズムのコンセプトは、「持ち歩く喜び!」なんです。
姫野:持ち歩く喜びっていいですよね!
結月:あと、このケースは洋服にもぴったり合うんですよ。和柄ですが、洋服とぶつかることがありません。もちろん、そういう帯を選んでいるわけですが。
姫野:帯選びの選定も難しいものですか?
結月:京都には帯はたくさんあるんですが、いいと思っても帯の図案の都合で、ケースの柄として配置できないものもありますしね。それに正直、つまらない帯だって多いですし。だから、ケースとして使えて、エレガントで、洋服とのコーディネートもオッケーだという3つの条件をフルに満たす帯はそう簡単に見つけられません。
姫野:でもそれを満たして、ついにケースになる!
結月:だからこそ、使ってくださるひとに愛着を持ってもらえる。ケースって消耗品で使い捨てっていう考え方もあるでしょうが、そういうものに人間は愛着を持たないものです。だから使い方も雑になりますしね。でも、マロ・ジャポニズムは帯そのものに価値と個性があるから愛着をずっと持ち続けられるケースです。それでいて、ケースとしての機能と丈夫さ、楽器を守る安全性はバッチリです。それはケースを作り続けて40年のアルファケースだから、信頼していいと思います。
姫野:今、愛着を持てるものって少ないかもしれませんね。
結月:それは今の世の中が利便性と安さばかり追いかけているからですよ。確かに利便性は大事ですが、それだけだと愛着を持てるような色っぽいものはできない。それに安いものは安い理由が必ずあるもので、何と言うか、商品に漂うオーラみたいなものがないです。それは素材の問題だったり、作り方の問題だったりします。いい素材で、きっちりとハンドメイドで作りあげたものはやっぱり漂うものがありますよ。
姫野:今失われているものを逆に捉えて商品化した!?
結月:いえ、そこまで打算的に考えてませんね。ケースを持つんだったら、美しいもののほうがいいと思うだけです。マロさんのアイデアを元に、徹底的に美的にしようと思っただけですよ。
姫野:日本には美的という概念は、商品にはあまりない気もします。
結月:もともと日本人は美意識を持っているはずです。だから西陣の帯も美しいわけだし。でも時代のどこかでそれが断絶してしまったのかもしれません。だから、本来の美意識が継承されていないのではないでしょうか。本当は世界にそうしたものを発信したら大きなビジネスになりますよ。
海外でもマロ・ジャポニズム! そして、マロ・ジャポニズムで街が美しく!?
姫野:そう言えば、マロ・ジャポニズムは海外でもウケそうですね!
結月:ええ、マロさんもそうおっしゃっていました。海外ではヨーロッパ、アメリカ、そして中国でマロ・ジャポニズムを通販で購入できるようにします。ただ、製作するのに時間がかかるので、たくさんは販売できませんが。今のところ年間でも数十本しか作れませんからね。
姫野:海外でも見たいですよね、このケース。
結月:とりあえず日本でも、マロ・ジャポニズムを持っているひとが少しずつ増えれば街が美しくなりますよ。街の雰囲気を作るのって、そこに集まる“人”ですよ。あとは建物とかですか。ですから、マロ・ジャポニズムを持った女性が、例えば銀座に増えるだけで素敵な風景だと思いませんか?
姫野:無味乾燥なケースより、はるかにいいですよね!
結月:マロ・ジャポニズムを持つひとも「持ち歩く喜び!」を感じられて、それを見る誰かが「きれいだな」って思えれば、精神的には最高ですよ。美しいものは、ひとを幸福にしますからね。
姫野:確かにそうです。ところでこのケースには蓋のところに漆塗りのプレートがあります。
結月:これは岩手県の伝統工芸で、秀衡塗なんですよ。ケースのサイズでオーダーして作りました。漆の乾燥があるので、製作には1か月はかかります。箔貼りで金雲を描きました。
姫野:ケースの内装の色とぴったりです。
結月:オプションで付けられるようにしています。あとは蒔絵バージョンもあります。漆のプレートに金の蒔絵を施すんです。蒔絵だと製作には2か月くらいですね。
姫野:もう最高にゴージャスですね!
結月:図案にもよりますが、蒔絵だと秀衡塗より値段は高いです。ケースとしてはいい値段になりますね。
姫野:バイオリンよりケースのほうが高いとか!?
結月:そういう場合もありますね。入門用のバイオリンだともちろんケースのほうが高くなります。でも、バイオリンそのものが高いですよ。数百万とか珍しくないですし。ただ、わたしは使っているバイオリンよりケースが高くなってもいいと思っているんです。なぜなら、「持ち歩く喜び!」なわけですし、バイオリンを弾くっていう行為をトータルで捉えたら愛着を持てるケースを持つって重要なファクターなので。だから、ケースが使っている楽器よりも安くあるべきっていうのもおかしいです。それにバイオリンの場合は、安くてもいい音がする楽器もありますしね。楽器の値段に関係なく、バイオリンは使う人にとって大切なものなのだから、それを収納するケースは大事です。
姫野:結月さんの話を聞いていると、気持ちが自由になってきました。
結月:やっぱり自由がいいですよ。「こうであっちゃいけない」と思うと、楽しめないですから。でも、みんな結構、そうやって自分を縛りつけていると思います。「こうでもいいんじゃない?」って考えたほうが可能性が広がっておもしろいですよ。
姫野:確かにそういう発想がマロ・ジャポニズムですよね!
結月:そうです。せっかくバイオリンという楽しいことをやっているんだったら、とことん楽しんだほうがいいですよ。
姫野:今日はどうもありがとうございました。
結月:こちらこそ、どうもありがとうございました。
(インタビュー・文 姫野哲)
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